ぐらんざ人 六月博多座大歌舞伎
歌舞伎俳優 松本幸四郎

市川染五郎から十代目松本幸四郎に

 今年一月、染五郎の名を息子に譲り、父から十代目を継いだ松本幸四郎さん。しかも今回の襲名は、37年ぶりにして歌舞伎史上二度目の高麗屋・直系三代目の同時襲名だというだけにおめでたい限りだ。六月の襲名興行を前にしての心境や見どころなどを伺った。
 「歌舞伎の襲名は、認める人間に名を与えるという“受け渡し”の精神。日本人にしかわからないのではないでしょうか。幸四郎の名を父から許されたということは、ずっと父の背中を追い続けて来た、いや、これからもそれはずっと変わらないであろう私の正直な気持ちとして、これ以上の幸せはないです。また私にとって襲名は二度目になりますが、前回の襲名と違って、私が染五郎ではなくなったその瞬間から染五郎を名乗るものが現れたというのは初めてのこと。『市川染五郎でございます』と隣で息子がご披露しているのを聞くたびに、自分はもう染五郎ではない、幸四郎であるということを強く感じさせられたものです。さらに、幸四郎の名を名乗ることが目的なのではなく、幸四郎として何をやっていくかが大切だと考えています。襲名にあたり『これからは歌舞伎職人を目指します』と宣言しました。その真意は、自分自身が何かを残すためではなく、自分がやることの全てが歌舞伎の力となること、歌舞伎を残していくために自分の存在があるという意識をもって務めようと思っております。松本幸四郎、高麗屋というものを越えて、歌舞伎全体を見据えて、その力となる存在を目指したいと思っています」

『伊達の十役』の見どころは…

 博多座での襲名披露の昼の部の演目は『伊達の十役』。仙台藩伊達家のお家騒動を題材に1815年(文化12年)に初演されたのち長く途絶えていたのを1979年(昭和54年)に市川猿之介(現・猿扇)が復活上演した作品だ。善人・悪人・老若男女の十役を四十数回の早変わりと宙乗り、屋台崩しなどの仕掛けで見せる一大スペクタクルだ。
 「『伊達の十役』は、新作歌舞伎の中でも最高傑作だと思っていますし、長年の憧れでもあり、猿翁のおじさまからも『伊達の十役に君は合っているからおやりなさい』と勧められておりました。十役の中でもとりわけ女方の政岡をやることができるというのが大きな魅力です。実は、かねてから他の女方をやる時もこの政岡を目標に勤めてきたほど。この役をやりたいがために伊達の十役をやると言っても過言ではないという気持ちでした」と、その声にはひときわ力がこもる。
  一方、十役の中でも政岡と対照的な立役の仁木弾正は、四ツ花菱紋の衣裳をつけての高麗屋のお家芸でもある。
 「仁木弾正の宙乗りは宙乗りの中でも最高の形だと思います。この宙乗りで、皆様を非日常の世界にお連れしたいと思います」
 6年前、染五郎時代に初役で挑んだ折に猿翁さんから「感泣」の二文字をいただいたという『伊達の十役』。今回はさらに磨き上げ、父である白鸚さんはじめ、仁左衛門さん、梅玉さんら襲名披露ならではの豪華な顔ぶれでお送りするお芝居をとくとご覧あれ。

『春興鏡獅子』の見どころは…

 夜の部の演目は、舞踊の大曲、『春興鏡獅子』。大奥の可憐な小姓・弥生が優美に舞ううちに、手にした獅子頭に魂が入って動き出す…やがて獅子の精が現れ、豪快に長い毛を振る。弥生と獅子の精の踊り分けについて幸四郎さんに聞いた。
 「『鏡獅子』は大好きな踊りですが、これほど苦しい踊りはない。それでも千穐楽を迎えると、これだけ明日もやりたいと思えるお芝居はありません。毎日踊っていたいと思えるほどに大好きな踊りです。私は弥生と獅子は二役という解釈で、全く別ものとして、どれだけきっちりと弥生として踊ることができるか、そして、どれほど力強く大きく獅子を踊ることができるかを心がけて勤めています。襲名披露興行で『鏡獅子』を務めることはとてもうれしい反面、プレッシャーの大きさもありますね。日本の踊り、音楽というものをたっぷりと堪能していただければと思います」
 ここに、父である白鸚さんの言葉を添えておく。
 「この子(現・幸四郎)が15歳くらいの頃、初役で『鏡獅子』をやりまして、その踊りを見た晩年の尾上松緑叔父が、こう言ったんです。『ああ、高麗屋にも弥生を踊れる役者が出たな』って。それが叔父の最後の言葉でした」
 女方と立役の両方を操る幸四郎さんの面目躍如といった『鏡獅子』も見逃せない。

感じるままに楽しみ方を探して

 「歌舞伎を観に来られる皆様には、あまり伝統芸能鑑賞というふうに構えていただかなくてもいいと思うんです。ご自身が感じるままに、何かを探しに来る感覚で観に来てくださればと思います。荒唐無稽なストーリーのおもしろさを追うもよし、音楽に耳を傾けるもよし、衣裳やお化粧、道具などの色彩感覚を眺めるもよし、好みの男を見つけるもよし(笑)、幕間にお土産やさんを覗いたりするのもまた歌舞伎の楽しみ方のひとつでしょう。どなたにも絶対に何かがあるはずです。だから、あえてナビはしない。いろんな楽しみ方を探しに来てください」と幸四郎さんはさらに言葉を続ける。
 「何はともあれ、博多は私にとって第二の故郷。母が博多出身なので私の体には半分、博多の血が流れていますから。だから、博多座に来るときは故郷に錦を飾るために乗り込んでいこうと、そして博多座での公演が終わって去る時には、次はもっとでっかくなって戻ってこようという思いになります」
 襲名披露となる六月の博多座に記す松本幸四郎さんの第一歩が楽しみだ。


西岡裕子=文

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