今月のミュージック・ブック

「スリーピング・ジプシー」(’77年録音)マイケル・フランクス

ボサノヴァテイスト溢れるソフト&メロウの代表作

 1970年代後半、当時はソフト&メロウという表現の、都会的でエレガントな音楽、「AOR」路線が主流となり流行した。マイケル・フランクスの登場は「アート・オブ・ティー」のヒットから始まる。ソフトな歌声とジャズフィーリングは、他に類を見ない特別な存在感を示す。敏腕プロデューサー、トミー・リピューマと組んだ2作目の本作はさらに彼の感性を格調高く表現する。彼が敬愛するボサノヴァの父、アントニオ・カルロス・ジョビンとの邂逅は、大きな影響をもたらした。また、わざわざジョアン・ドナートのピアノ参加のため、リオ・デ・ジャネイロでも録音する。

このレコードは、発表ほどなくして京都で手に入れた『米国ワーナーブラザーズ』の原盤である。しかし、貧しいアパート暮らしでスリーブがカビだらけになってしまった。
中でも、今やスタンダード曲となった「アントニオの歌」は一番のハイライトである。彼をバックアップするのは、クルセイダーズのジョー・サンプル、ウィルトン・フェルダー、ラリー・カールトンやマイケル・ブレッカー、「泣きのアルト」と称され、音色が特徴的なデヴィッド・サンボーンなど。当時のジャズ界の最強メンバーを集結できたのは、やはりトミー・リピューマの力量なのか。ボサノヴァに傾倒した彼の作品の中でも、これが一番魅力を放つ名作といえるだろう。

相川 潔
元広告会社社員・長崎市生まれ熊本市在住。
ジャズ、ロック、ソウルなどのレコードを追い求めて数十年。名盤、奇盤多数。
レコードは盤、ジャケツト、再生機を含めて棄しむべき芸術だと思います。

『後鳥羽伝説殺人事件』

名探偵 浅見光彦 登場

 今年の三月十三日、推理作家の内田康夫さんが敗血症で亡くなった。83才だった。私は、内田康夫さんの百冊を越すミステリー物は、ほとんど読んで大事に保管しているが、『死者の木霊』でデヴューして以来、私が最も印象深く読んだのが、第三作の『後鳥羽伝説殺人事件』である。三十三才の名探偵浅見光彦が最初に登場した作品で、そのさわやかで公平な眼をもつ青年探偵にすっかり魅せられたのである。警視庁刑事局長の要職にある兄の家に居候をし、雑誌『旅と歴史』のルポライターの仕事をしている。

「その時、玄関脇の階段を三十二、三歳の男が降りてきた。長身で育ちの良さそうな二枚目だが、服装にも態度にもまるで気取りがない」 これが、浅見光彦シリーズの最初の記念すべき登場場面で、私はそれ以来彼の不思議な魅力のとりこになると同時に、生きる上で、どれだけ助けられたかしれない。浅見光彦の何げない言葉に慰められ、ほっと心の安らぐ時間をもらった。

 
その意味で、浅見光彦の生みの親である内田康夫さんの死は、私の人生における節目になるように思う。浅見光彦の住んでいた東京都北区西ヶ原の近くにある平塚神社にお参りに行き、境内にある平塚亭で名物の団子をしみじみと味わって、内田康夫さんの冥福を祈りたい。

『後鳥羽伝説殺人事件』 内田康夫 著 株式会社KADOKAWA

六百田麗子
昭和20年生まれ。予備校で論文の講師をする傍ら本の情報誌「心のガーデニング」の編集人として活躍中。

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